2018-12-04 第197回国会 参議院 文教科学委員会 第5号
実際に過酷事故が起これば、そのようなはした金で間に合う話ではありません。資金援助するための交付国債枠を九兆円から十三・五兆円に拡大、東電は今年の四月時点で十兆四千億円の賠償見積額を公表。にもかかわらず賠償措置額を一千二百億円に据え置くなど、いまだ神話の世界を生きているんでしょうか。一刻も早くおとぎの国から出てきて現実を見詰め直すことをお勧めいたします。
実際に過酷事故が起これば、そのようなはした金で間に合う話ではありません。資金援助するための交付国債枠を九兆円から十三・五兆円に拡大、東電は今年の四月時点で十兆四千億円の賠償見積額を公表。にもかかわらず賠償措置額を一千二百億円に据え置くなど、いまだ神話の世界を生きているんでしょうか。一刻も早くおとぎの国から出てきて現実を見詰め直すことをお勧めいたします。
はした金欲しさに、その先においしい思いができるかも、そんなことを政策実現につなげる、どこまで行っても怪しい政治、いつまで続ける気なんですか。この国を草刈り場として企業側に差し出すような政治屋、恥を知れ。心ある政治家の皆さん、反対してくださいよ。 このIR、IRじゃない、ばくちの解禁、これとてんびんに掛けて、災害対応も同時進行、あり得ないという話ですよ。
六千万円をはした金と言い切れる人がいるかと思えば、一万円や十万円を本当に払えない、十万円も大金と思う人もいる。もう本当に、はした金と言える人と、物すごく大金と思う人と、百万円、十万円、一万円でも人によって全くその価値が違うんですよね。 ですから、この五千円、一万円も、人によってはというか、多くの人にとってはやっぱり大金、高い。
これで何もしなかったら、日本人はその程度の愚かな国民やったら滅びてもええんちゃうかなと思うぐらい本当に巨大な、巨大な危機に迫っていると思いますので、たかだか百兆や二百兆の金ぐらいはした金でありますから、先生方のお力で、まあ一年間で二百兆ぐらいは大変でありますけれども、十年間でやるようにして十兆から二十兆を何とか、何とか御用立ていただいて、この国を守っていただきたいというのが私の強い願いでございます。
そのことと比べたら、四千万円なんて、はした金もいいところですよ。 文科副大臣、この前、世界じゅうに何基あるかということを事前説明の方に聞いたら、それも知っていなかったです、文科省は。これは早急に、一緒になって、とにかく世界じゅうからかき集めてきてもらいたい。 一都二十一県をいつまでに終わるんですか。早くやる早くやると言うばかりで、早くやるうちにすぐ来年になっちゃいますよ、これは。
やりたくもない事務を自治事務だと言って押しつけて、言葉は悪いですが、はした金を押しつけてやらせて、やりたい事業に、自治事務だというへ理屈で人件費に使えない。これは大臣、何とかお願いできませんか。超過勤務でも結構ですよ、人件費に使わせてあげてください。(発言する者あり)
先ほどと同じような答弁になるわけでございますけれども、住宅は、一般的に、いわゆる財産価値、わかりやすく言えば、はした金といいますか、我々九州の人間でございますのであれでございますけれども、はした金では、要するに、いわゆる人生で一度か二度というような、購入の機会に恵まれるかどうかのそういう財産的価値が、相当の財産的価値があるというふうに言われておるわけでございますし、なおかつ、先ほど申しましたように、
一兆円もかかってもくろみがパアになるかもしれない、そしてまた、国会などで激しい追及に遭いながら、東証で上場できないかもしれないというときよりも、いつ笑ったかというと、二百十八億という彼らにとったらはした金みたいなお金で済んだ、でも、これは日本の国民にとっては大変なお金なんですよ、その日にハゲタカが笑ったんじゃないかなと私は全部読んで思ったんですけれども。
○参考人(須藤八千代君) 一九七〇年代、私がケースワーカーとして働いたときに、ある母親は弁護士のところに法律相談に、この件に、行って、弁護士から、そんなはした金と、こういうふうに言われて泣いて帰ってきたことがありました。 八〇年代、私の福祉事務所に厚生省の監査がありました。
自分のはした金を出して、いや恥ずかしかったと言うならわからぬわけでもないんですけれどもね。出したのは国民の税金なんですよ、国民の立場を一体考えているのか。我々の金を我々に断りもなしに、最終的には国会が了承したんでしょうけれども、使っておいて恥ずかしいと。一体それはこの国を預かる人たちの言うせりふだろうかと。 今回のケースだって同じことです。
百億、二百億は、中央の銀行でははした金なんですが、地方にとっては実は非常に深刻な事態です。 グローバリゼーションの中で、グローバルスタンダードに対してもリスク感覚がないまま、突っ込めば日本の仕組みは全部変わるというような、非常に短絡的な議論をしてまいりました。これはもうほとんど間違いです。なぜか。我々の国は改革しなきゃいけない。例えば国際会計基準に合わせて会計を透明化しなきゃいけない。
そのほかにまた何で百七十二億、こんなはした金だからいいだろうぐらいの気持ちしかなかったのかどうなのか、私、大変問題です。 そもそも六千億という別枠があるんですけれども、これは東南アジアの通貨危機に直面している、経済危機に直面している国々に対して援助しようということで別枠になった。現にフィリピンなどについては千億余りの特別円借款がなされておる。
でもこれは、本当に覚せい剤の取引をやっているような人にとってみれば、恐らくはした金でしょう。そうすると、本当に悪事を働こうと思う人は盗聴ができないものを使う。結局、盗聴ができないところが部分的にまだらのようにあるわけです。そうすると、盗聴法の実効性そのものが問題で、私自身はこの間も申し上げましたが、白紙に戻せというふうに言いたいと思います。 郵政省にちょっとお聞きします。
何百億なんというのはこの兆という単位に比べればはした金みたいなものですね。実際問題としてはこういうふうに時世が変わって動きがとれないような状態になってきているけれども、これで監理委員会の答申を丸のみにしたということが正しかったかどうかということは問題があると思います。
申し上げましたように三千億、建設省でどのぐらい取っていらっしゃるかわかりませんが、通計で三千億という規模での重点枠でありますと、言ってはなんですが、三千億といえば大きな金でありますが、予算から見ればはした金といいますか、ボリュームの少ない予算であるわけです。果たして、この重点枠で本当の意味での予算の今までの枠を打破した重点的な配分ができるのかどうか。
佐川さんが出されるとしたらそんなはした金じゃないんです。当然裏なんです。裏だから、選管の記録を見てもあるわけもないし、そんな小さなことを問題にしているんじゃないんです。もっと記憶に残る、生々しい記憶に残るものが私はあるのではないのかな、こういうふうに思われるんですが、あなたはないとおっしゃる、こういうことでよろしゅうございますか。
しかし、これで、こういう七十五億円というのは、考えようによっては大きなお金でございますが、全体の予算、事業費に対するあれから見ると、極めて小さなはした金になってくる。 このいただいた資料によりますと、用地の保有高が一年分しかないというのですね。五十年代の後半で一・三から一・四の間ぐらいの保有高があったのに、あのバブルの中で、さすがにやはり国に売ろうかというのが少なかったのじゃないか。
九十億ドルに比べたらまさにはした金なんだから。円高と円安で変わってしまうかもしれないけれども、とにかくそれくらい出せる金ですから、それは対応してください。
ですから、そういう方々にも納められるなら納めてもらって、そして還付というよりも何かの、例えば記帳の事務とかいろいろなことがあれならば、事業の推進費とか何かの形で別途出して、納めるものを納めるという姿にさせていただかないと、その方々の立場は――田舎ではですよ、東京ではわかりません、三千万なんというはした金かもしれませんけれども、私たちの町では三千万の売り上げというのは大企業なんです。
そのためには一体幾ら集めたらいいのか、一億や二億というはした金ではないんだろうなという、そういう生臭い話まで出ていて、私は現地の方に直接伺ってまいりました。 そこでお尋ねいたしますが、現在国立大学に置かれている寄附講座は十大学十九件と聞いておりますが、一講座当たりの企業の出資額はどれぐらいになっていますでしょうか。